A教育委員会は,域内に20以上の市立中学校を有し,中核市として教員研修を主体となって実施する自治体です。独自に小学生6年生向けの科学講演会や実験体験事業の実施,小中学校への理科実験助手の配置,大学と連携した小中学校での大学教員等による出前科学実験授業,教員相互の学びの場として教育フェスタの開催などを行っています。
同教育委員会は,学力向上研究委員会を設置し各教科の「確かな学力」の実現に取り組んでいます。本研究との連携について協議を行った結果,教育委員会が理科の学力向上研究委員会の委員として,市内の小・中学校各2校ずつの教員を任命することで,その4名が中核的理科教員として本研究に関われるようにするとともに,埼玉大学はその4校に「埼玉大学教育学部理科教育研究協力校」を委嘱しました。なお,委嘱期間は,平成28年度から3年間(もしくは4年間)としましたが,4校のうち2校では,期間中に中核的理科教員が異動により交代することとなりました。
学力向上研究委員会では,理科の指導主事がサポートしながら,①よりよい授業づくりに向けた委員同士の情報交換・検討会の実施,②市内全校悉皆による研究授業,及び各地区における研究授業の実施,③指導案等研究成果のネットワークでの共有などに取り組みました。この委員会活動に4名の中核的理科教員が関わることで,よりよい授業づくりのためのモデルを,それぞれの所属校で中核的理科教員が実践し研究授業等で広める役割を担うものとなりました。下図は,教育委員会Aが市内全校向けに示した授業づくりのモデルの例です。
研究授業の内容は,学力向上研究委員会での事前協議で検討された。教育委員会から周知される市内全校悉皆による公開授業研究会としたことで,研究授業の際には多数の教員が参加し,授業観察と参加者間の研究協議に続いて,教育委員会の指導主事と埼玉大学の研究代表者が指導助言者を務めました。4校の研究協力校で毎年1回公開授業研究会が実施され,中核的理科教員もしくは指導案を共同作成した同校の他の教員が授業者を務めました。授業研究会に際しては,埼玉大学から「埼玉大学教育学部理科教育研究協力校」全体に開催を周知することで,他地域の中核的理科教員等が参加することもあり,活発な研究協議につながるとともに,中核的理科教員間のネットワーク形成・情報共有に寄与しました。
一方で,中核的理科教員が所属校内で全校的な理科教育推進活動を行う上では,教育委員会から直接サポートがないことから,校内での活動をどう支援できるかが課題として認識されました。
委嘱期間中にA教育委員会で取り組まれた授業づくりのモデルプラン
中核的理科教員A教諭は,F小学校の理科主任で学級担任という立場で,同校での理科教育を推進しました。以下が主な取り組みです。
①一人一授業の実施(H28)
年間計画に,一人一回以上の授業研究会を位置付け,指導案の作成・配布とともに,学年内,学年間,全校での理科授業力向上のための研修機会とする。
②考察文型と文例の共有(H27~)
理科の結果,考察,まとめの違いの理解を進めるとともに,中学年,5年生,6年生の各段階に合わせて,基本的な「考察」の定型文と文例を示して教員間で共通理解を図る。
③板書例とノート指導の統一(H27~)
板書とノート指導について,日付,問題,予想,実験,結果,考察,まとめを共通要素とする統一した例を示す。
④給食時の理科・生活科放送(H27~)
給食時に理科ニュースとして身近な話題を放送し,理科の日常化を図る。
⑤理科実験コーナー(H27~)
廊下に観察実験コーナーを設け,理科に関わる様々な事象に児童が自由に親しめる環境を整える。
⑥理科質問コーナー・放送(H27~)
理科の質問コーナーを設けて,児童から出された質問への答えを掲示したり,給食時の放送で紹介したりする。
⑦子ども理科実験教室(H27~)
昼休みなどを利用して普段の理科授業で実施することが難しい観察実験を特別実施する。
⑧図書室おすすめ理科本(H27~H29)
図書室に理科室に関わるおすすめの本を配置し,図書を通じて理科に関わる関心を高める。
⑨実験器具の使い方カード(H27~)
理科室に,基本的な実験器具の使い方をラミネートしたカードを数多く用意し,いつでも確認できるようにする。
⑩ゲストティーチャー招聘(H27~)
学校外の専門家をゲストティーチャーとして招聘し,発展的な科学や科学技術への関心を高める。
⑪教員向け放課後理科実験教室(H27~H29)
これから始まる単元で指導する実験内容等をテーマに,1週間ほど前の放課後に任意参加で教員向けの理科実験教室を行い,教員の実験への苦手意識を解消し実験の指導力を高める。
平成28年度以降はこれに加えて,科学的リテラシー指標値を用いたPDCA,校内・地域公開の授業研究会,中核的理科教員の研修,大学生による天体観察会などを実施しました。
教育委員会から学力向上研究委員会委員に指名されたA教諭は,本研究の中核的理科教員として,理科主任で学級担任という立場でありながら,①~⑪その他の多種多様な活動で理科教育を推進しました。
下図に,研究開始時の平成28年2学期と,研究開始約2年後の平成30年2学期の各学年の科学的リテラシー5項目の指標値(SLI)を示します。研究開始時は特に6年生が高い値を示していますが,本研究の開始約2年後の平成30年2学期の値は,平成28年度と比べても全般的に高い値を示していることから,全校で理科教育が推進されてきたことが結果に現れています。
F小学校における科学的リテラシー5項目の指標値の変化(棒グラフは左から平成28年度2学期の4年生,5年生,6年生,平成30年度2学期の4年生,5年生,6年生)
C中学校は,市内中心部に近く学年約6クラスと規模の大きい中学校です。B教諭は,平成28年度の研究開始時に学力向上研究委員会委員に指名され,本研究の中核的理科教員を務めることとなりました。教育委員会から直接の指名を受けたため,初年度は理科の他の教員の認識が浅く,中学校の多忙な日常業務の中で打合せの機会も持てず,研究授業では自校の教員が参加できないなか他校の教員のみが参観するなど,全校体制で取り組むことがきわめて困難になりました。
そこで,研究2年目の平成29年度は学校長の発案で毎週の時間割(月曜1時限目)に理科部会の時間を設定することにしました。これによって,理科の教員間の意識のずれが大きく改善され,全校体制での理科教育推進の取り組みが進展しました。例えば,2学年では3学期の気象の学習に向けて,春,夏,秋,冬と年間4回5日間ずつ継続の天気を記録させる宿題を統一して課すなど,学年で共通して生徒に取り組ませる学習が設定できるようになりました。また,研究授業の授業者を中核的理科教員以外の若手の教員に経験させるようにしたことで,ベテランも含めて理科の教員全体でその授業づくりに協働できるようになりました。
中学校での理科の教員間のコミュニケーションについて,私立学校での勤務経験があるB教諭は,私立学校では,理科の教員は普段から職員室よりも理科準備室にいることが多く理科の教員間でよく話し合うのに対して,公立中学校では職員室で学年の業務に関して学年内でコミュニケーションするのが中心で,学年を超えて理科で話しをする機会が基本的にないところが大きな違いで,だからこそあえて教科の中で学年を超えて話し合う機会を設けることに意義があると述べました。また,T.T.加配も教員間のつながりを改善するのに有効だと話しています。
本研究に関する理科授業づくりの取り組みについては,理科部会において,『毎回の授業でなるべく具体物を用いて行う』ことと『2時間扱いでの深い探究活動に年に1回以上取り組む』ことを申し合わせ,平成29年度は次のように計画的に取り組みました。
1年生
・身の回りの物質『白い粉の正体』
探求方法と予想される結果を考え,実験を行う。(1/2時)
分けられなかったものについて追加実験を行う。(2/2時)
・身近な物理現象『力のはたらき』(研究授業)
手づくり玩具の動く理由を探し,そこにはたらく力の種類について共通点と違いを知る。
2年生
・化学変化と原子・分子『炭酸水素ナトリウムの熱分解』
カルメ焼きをつくり,材料や操作を振り返りなぜ膨らむのかを考える。(1/2時)
砂糖と炭酸水素ナトリウムを熱し,変化を比較する。(2/2時)
・動物の世界と生物の変遷『鶏手羽先の解剖』
茹でた手羽先の筋肉,筋を取り除きながら骨と筋肉のつくりを観察する。さらに,骨を並べ
骨格標本を作る。(1/2時)
作製した骨格標本を他の動物の骨格標本と比較し,共通点を見出す。
相同器官について学ぶ。(2/2時)
・電流とそのはたらき『直列回路の電流の大きさは変化するのか』(研究授業)
電流の大きさは変化するかしないか。予想した理由を議論しあい,予想を確かめる実験を行う。
3年生
・運動とエネルギー『おもりの落下による発電』
プーリー付き手回し発電機を各班に配り,発電できる方法を話し合いで考える。(1/2時)
実験し,電流,電圧,電気が流れた時間を測定し,理論値と比較。他エネルギーへの変換も考え,エネルギー効率についても触れる。(2/2時)
また,科学的リテラシーの調査では共通の5項目に加えて,「Q6 天気予報や地震,災害情報はよくチェックする」「Q7 最新の科学技術について敏感だ」「Q8 地球の歴史や生命の誕生について興味関心がある」を加えたことで,生徒に期待されているポイントをより意識づけることにつながったと述べました。
下図に,研究開始時の平成28年2学期と,研究開始約2年後の平成30年2学期の各学年の科学的リテラシー5項目の指標値(SLI)を示します。研究開始時に比べて,開始約2年後の平成30年2学期の値は,特に3年生において全般的に高い値を示しています。中学校3年間で,科学的リテラシーの認識が低下しない状況が実現されていることがわかります。
C中学校における科学的リテラシー5項目の指標値の変化(棒グラフは左から平成28年度2学期の1年生,2年生,3年生,平成30年度2学期の1年生,2年生,3年生)
事例2-1:B教育委員会の取り組み
B教育委員会は,A教育委員会と同様,域内に20以上の市立中学校を有し,中核市として教員研修を主体となって実施する自治体です。独自に小中学生対象の理科オリンピック大会の開催,市立科学館と連携した先進的な学習機会の提供,理数教育環境を充実させた市立高校理数科の設置などを行っています。
同教育委員会は,学力向上推進委員会を設置し各教科の「確かな学力」の実現に取り組んでいます。本研究との連携について協議を行った結果,教育委員会が理科の学力向上推進委員会の委員として,市内の小・中学校各2校ずつの教員を任命することで,その4名が中核的理科教員として本研究に関われるようにするとともに,埼玉大学はその4校に「埼玉大学教育学部理科教育研究協力校」を委嘱しました。なお,委嘱期間は,平成28年度から3年間(もしくは4年間)としましたが,4校のうち2校では,期間中に中核的理科教員が異動により1校で中核的理科教員を毎年交代し,もう1校は委嘱先を他の学校に変更して委嘱期間を2年間とすることとなりました。
学力向上推進委員会では,小学校での理科教育の現状について,「理科専科を配置して授業を行っている学校が多い」ことと,「理科に関する委嘱や校内研修を行っている学校は,極めて少ない」こと,中学校での理科教育の現状については,「理科教員の年齢層の偏り(若手教員とベテラン教員)」と「理科に関する委嘱や校内研修を行っている学校は,極めて少ない」ことから,小中学校ともに「理科の指導力向上の機会がない」ことを課題と捉え,理科の指導主事がサポートしながら,①地域公開研究授業の実施と,②理科学力向上研修会の開催に取り組みました。この委員会活動に中核的理科教員が関わることで,市内の教員の指導力向上の機会を提供できるよう,それぞれの所属校で中核的理科教員が理科授業の改善に取り組み,研究授業等を通じてその成果を広める役割を担うものとなりました。
B教育委員会の理科授業改善へのアプローチは,Ⅰ科学の順序,Ⅱ授業と家庭学習の紐つけ(学習したことがどのようなことに活かされるか),Ⅲ生活との関連(課題決定前や考察における関連性を見出す),Ⅳ単元ごと・授業ごとの振り返り(家庭学習や生活との関連を中心に)を重視し,問題解決学習の流れ(事象との出会い 問題(課題)の設定 予想・仮説 計画の構想 実験・観察 結果 考察 結論)に沿った授業を定着させることです。毎年,中核的理科教員が予め学力向上推進委員会で練り上げた指導案で研究授業を公開し,それらの成果を含めて,すべての小中学校から参加者を得て理科学力向上研修会を行っています。研究授業の際には,開催地区の小中学校を中心に教員が参加し,授業観察と参加者間の研究協議に続いて,教育委員会の指導主事と埼玉大学の研究代表者が指導助言者を務めました。授業研究会には,埼玉大学から「埼玉大学教育学部理科教育研究協力校」全体に開催を周知することで,他地域の中核的理科教員等が参加することもあり,研究協議がより活発となりました。
一方で,中核的理科教員が理科専科としてすべての理科授業を担当する特殊な場合を除いて,所属校内で全校的な理科教育推進活動を行うため,校内で他の教員にどのように働きかけるかが課題となりました。
事例2-2:B教育委員会所管のE小学校における中核的理科教員C教諭の取り組み
E小学校は,学年2クラスの小規模校であり,理科専科もしくは学年内の教科担任制により,一人ないし二人の教員で全校の理科を担当する体制を採っています。外国籍児童が多く日本語の理解が難しい児童が少なくないため,科学的な用語を用いた表現が苦手であったり,学習内容と普段の生活を関係づけて考える児童が少ないなどの課題が見られ,できたという満足感や生活との関連がわかって有用性を感じられる授業が必要とされていました。
C教諭は,平成28年度に本研究の中核的理科教員として同校の理科教育を推進するに当たり,以下の方針で研究に取り組むこととしました。
①問題解決的で児童の思考の流れを大切にした授業展開とそのための授業時間の確保
児童一人ひとりが満足のいく学びとなるように,自分の考えをまとめられる時間や,友達と認め合う時間をつくることが必要と考え,授業展開の効率化を図りました。その結果,下図に示すように,問題解決の展開を2時間の授業で構成し,予想・仮説の設定で必ず2分間の個人で思考し表現する時間を設けるとともに,考察や結論の導出の場面でも必ず5分以上の個人で思考し表現するための時間を設定しました。また授業展開を通じて,全体で話し合う場面を設定しました。
加えて,板書を利用して科学的言語の適切な使い方を確認する,注目すべき視点を確認する,またICTを活用して,大きく映す,実験と同時に結果を入力しグラフを見て結果を確認する,タブレットを活用して児童自身が写真や動画を使いながら発表する,などの工夫をしました。
②個に応じたノート指導を行う(考察の指導について)
考察の書き方を文例とともに説明し,結果を書くこと,結果から考えたことを書くこと,さらに改善点や生活とのかかわりについて書くことを指導しました。実際の考察場面では,①自分の考えを5分間でまとめる,②指名しながら全体で話し合い,③友達のよい考えを取り入れて書き足すように指導しました。
③復習や家庭学習での振り返りなどで学びの定着を促す
その日の授業での学習を振り返らせ,わかったことなどを言葉で書きださせるようにする。単元の終わりには,学習したことと,日常生活とのつながりや職業とのつながりについて考えさせる。
④学習内容と日常生活や職業との関連付け
各学年の各単元の学習が,日常生活や科学技術に関係する職業などとどのように関連しているかの例を書き溜めたものを表に整理して,理科を指導していない学級担任も含めて教員間で情報共有できるようにしました。
また,前述の中核的理科教員A教諭の実践を参考に,理科の質問コーナーを設けて,児童からの様々な質問に回答するようにしました。
②授業の振り返りによる授業改善
研究開始時に,能力目標精緻化法(小倉他, 2015)の学習目標の項目に基づいて理科授業を自己評価したところ,科学的思考・表現に関わる「モデル化」「シミュレーション」「表・グラフ化」の指導や「職業との関連性」の指導が不足していることがわかり,それらを強化するようにしました。
下図に,研究開始時の平成28年2学期と,研究開始約1年後の平成29年2学期の各学年の科学的リテラシー5項目の指標値(SLI)を示します。研究開始時は,C教諭は4年生を担当しており,特にQ2とQ5で高い値を示していますが,本研究の開始約1年後の平成29年2学期の値は,平成28年度と比べても全般的に高い値を示しています。平成29年度は,C教諭は理科専科として全学年の理科を一人で担当したことから,どの項目も高い値となり,どの学年の児童も充実して理科を学習したことがわかります。
E小学校における科学的リテラシー5項目の指標値の変化:研究開始1年後(棒グラフは左から平成28年度2学期の4年生,5年生,6年生,平成29年度2学期の4年生,5年生,6年生)
下図に,研究開始時の平成28年2学期と,研究開始約2年後の平成30年2学期の各学年の科学的リテラシー5項目の指標値(SLI)を示します。平成30年度は,C教諭は担任として4年生のみの理科を担当しており,別の教員が理科専科として他の学年を指導しました。理科専科の教員は,理科が専門ではなく,理科の指導経験も少ないため,C教諭が適宜サポートしながら,全校的に理科教育を推進しました。結果は,4年生と5・6年生とで大きな差は見られますが,5・6年生の指標値は平成28年度と比べても依然高い水準にあります。C教諭が中核的理科教員として他の教員に働きかけたことで,理科教育の水準が全校的に維持されたことがわかります。校内に理科授業について他の教員をサポートできる教員がいることの重要さをこの結果は示唆しています。
また,理科授業の力量の低い教員が理科専科を務める場合,中核的理科教員のサポートがなければ,学校全体の科学的リテラシーの認識と理科学力の水準に大きな差が生じることになります。したがって,小学校における中核的理科教員の活用は,児童の理科学習に極めて重要な影響をもたらす要因であるといえます。
E小学校における科学的リテラシー5項目の指標値の変化:研究開始2年後(棒グラフは左から,平成28年度2学期の4年生,5年生,6年生,平成30年度2学期の4年生,5年生,6年生)
事例2-3:B教育委員会所管のB中学校における中核的理科教員D教諭の取り組み
D中学校は,学年約4クラスと中規模の学校です。D教諭は,平成28年度の研究開始時に学力向上研究委員会委員に指名され,本研究の中核的理科教員を務めることとなりました。教育委員会から直接指名を受けたため,中規模の学校であるにもかかわらず,他の理科教員の認識が浅く,中学校の多忙な日常業務の中で打合せの機会も持てず,全校体制で取り組むことができないままになりました。D教諭は,平成28年度に2年生を,平成29年度に3年生を単独で,平成30年度は1年生に加えて2年生の1分野を担当し,さらに2学期から3年生も単独で担当しました。本校では,教員が単独で特定の学年を担当する教員配置を行ってきたことから,自分が担当しない学年の理科に関して教員間で協議する場面がない状況でした。毎学期末の科学的リテラシーの認識調査の結果は,教員間で共有されましたが,課題の抽出とそれを受けた対策の検討に,学校として取り組むことができませんでした。
下図に,研究開始時の平成28年2学期と,研究開始約1年後の平成29年2学期の各学年の科学的リテラシー5項目の指標値(SLI)を示しました。研究開始時に比べて,開始約1年後の平成29年2学期の値は,D教諭が担当していた3年生において特に高い値を示しており,特に2年生と差が大きい。その2年生が3年生となった平成30年4月に,全国学力学習状況調査で理科の学力が測定されましたが,その結果は,3年前の平成27年4月の同調査の結果と比べて,大きな低下が見られました。この事例は,学校全体で理科教育の推進に取り組む体制の整備が,中核的理科教員を活用する上で重要であること,また,中学校で異なる学年を担当する教員間で理科授業改善に向けて協議し協働することが非常に困難であることを示唆しています。
D中学校における科学的リテラシー5項目の指標値の変化:研究開始1年後(棒グラフは左から平成28年度2学期の1年生,2年生,3年生,平成29年度2学期の1年生,2年生,3年生)
下図に,研究開始時の平成28年2学期と,研究開始約2年後の平成30年2学期の各学年の科学的リテラシー5項目の指標値(SLI)を示します。研究開始時に比べて,開始約2年後の平成30年2学期の値は,D教諭が担当する1年生において特に高い値を示しており,1分野を担当した2年生についても1年生に次いで高い値を示しています。2学期から担当した3年生についてもQ3, Q4, Q5では1年生と同程度に高い値を示しているが,Q1とQ2についても高い水準ではなくても,研究開始時に比べると高い値となっています。
D中学校における科学的リテラシー5項目の指標値の変化:研究開始2年後(棒グラフは左から平成28年度2学期の1年生,2年生,3年生,平成30年度2学期の1年生,2年生,3年生)
これらの結果から,D教諭は生徒の科学的リテラシーの認識を向上させる上で極めて高い資質・能力を有していることがわかります。しかし,D中学校においては,他の教員と協働して学校全体で理科教育を改善することは実現できませんでした。このことは,中学校で中核的理科教員を活用した理科教育の改善が成立する要件として,教員が単独で学年を担当する方式はそのままでは不適当だと考えられます。A中学校が毎週の時間割に理科部会を設定することで教員間の連携が容易となったように,協働で学校全体の理科教育に取り組むための時間と場所と必然的理由を整える必要があると考えられます。
D教諭は,生徒の科学的リテラシーの認識を向上させる理科授業にどのように取り組んだのかについて,その手立てを以下のように説明しています。
・ストーリー性のある授業で生徒の学習意欲を向上させる。
・「科学の順序」に重点を置き,「主体的・対話的で深い学び」を実現し,思考力を育てる。
・1時間の授業がわかる板書の工夫
・単元の導入やまとめを中心に,授業の中で学習内容と生活や職業との結びつきを感じることができる時間をつくる。
・学力アップタイム(10分間確認テスト)に向けて家庭学習に取り組ませ,基礎・基本を定着させる。
一方で,以下の手立ては実現できませんでした。
・教科部会を実施し,学力向上に向けての方策について教員同士の共通理解を図る。
・校内で授業を公開し,授業研究を進め指導力を向上させる。