システミックリフォームの事例研究(続き)
事例3-1:C教育委員会の取り組み
C教育委員会は,域内に50以上の市立中学校を有し,政令指定都市として教員の採用と研修を主体となって実施する自治体です。独自に理数教育推進プログラムを策定し,市立科学館と連携してサイエンスフェスティバルやロボットカップを開催したり,理科の指導主事が小中学校へ出向いての出前授業や出前天体観望会なども行っています。平成24年度から4年間,科学技術振興機構(JST)の支援を受けて,埼玉大学,県と共同で実施した「SaitamaCST事業」が終了した平成28年度からは市独自の「CST事業」を立ち上げ,CST教員の養成と活用による理科教育の推進に取り組んでいます。市内の各区でCST教員が在籍する小学校と中学校を拠点校として,小中学校教員向けの研究授業や実験実技研修会等を実施しています。
平成28年度に,教育委員会と埼玉大学の研究代表者との間で,本研究への小中学校の参加について協議した結果,すでに平成28・29年度に教育委員会から研究委嘱を受けて取り組みを始めているE中学校が,その委嘱研究に本研究を統合する形態で本研究に参加することとなりました。
教育委員会の理数教育推進プログラムでは,授業改善の5つの重点として以下に取り組んでいます。
①知的好奇心や探究心を高める学習活動の充実
②基礎的・基本的な知識及び技能の確実な定着を図る学習活動の充実
③実感を伴った理解を図る算数的活動・数学的活動及び観察・実験などの体験的活動の充実
④論理的な思考力を育成する言語活動の充実
⑤知識及び技能を,様々な場面に活用できる力を育成する学習活動の充実
教育委員会では,これらの重点項目を推進する取り組みを支えるため,教員の指導力向上への支援と教育環境整備への支援を行うとしています。
さらに,平成28年度においては,良い授業づくりのために,市内全小中学校で児童生徒に定期的に25項目からなるアンケートを実施し,授業の振り返りを行うことで,各教科の授業改善を推進するシステムの運用を開始しました。25項目は,①授業マネジメント(授業規律にかかわる項目など,よい授業を実現するための前提条件となる項目群),②基礎アップ(基礎的・基本的な学習内容の定着のための指導にかかわる項目群),③授業スキル(授業の際に教師が行う様々な指導上の工夫にかかわる項目群),④アクティブ・ラーニング(授業における児童生徒の主体的・能動的・協働的な学習活動にかかわる項目群)の4つの因子を構成し,各学校の校務用コンピュータに入力すれば自動的に4つの因子別の診断結果が各学級別に示されるものとなっています。なお4つの因子は,国語,算数・数学,理科の学力と正の相関関係にあることが前年度までの研究で確認されているとされています。
以上を背景として,市内の中学校1校に「埼玉大学教育学部理科教育研究協力校」を委嘱しました。中核的理科教員は,同校の理科教員が1年交代で務めることとなりました。
事例3-2:C教育委員会所管のE中学校の取り組み
E中学校は,学年7~8学級の大規模な学校です。教育委員会から,平成28・29年度の研究委嘱を受け学校全体で理数教育の改善に取り組みました。研究主題は「基礎・基本の確実な定着と学力向上を目指した学習指導の工夫・改善~理数教育における生徒の学ぶ意欲を高め,わかりやすい授業の実践~」です。生徒の実態を,全国学力学習状況調査や市の学習状況調査,「よい授業」に関する授業アンケートなど基に把握し,「子どもたちが望み,学力を付ける「よい授業」4つの因子25項目を授業改善の視点として,日々授業の工夫・改善に取り組む」ことを研究の柱としました。具体的な研究実践は,「校内研修の充実」,「公開・研究授業実践」,「埼玉大学との連携」です。「埼玉大学との連携」では本研究での「理科教育研究協力校」としての①科学的リテラシー指標値を用いたPDCAサイクルの活用,②校内授業研究会の実施,③大学での検討会への参加の他,④教職大学院生受け入れにより教職大学院生が実験準備,授業支援などを行いました。
下図に,研究開始時の平成28年2学期と,研究開始約1年後で教育委員会の委嘱研究最終年度である平成29年2学期の各学年の科学的リテラシー5項目の指標値(SLI)を示します。研究開始時は特に1年生の値が高くなっていますが,開始約1年後の平成30年2学期の値は,2年生と3年生の値が1年生よりも全般的に高くなっており,生徒の意識が低下しない状況を実現できていることがわかります。
E中学校における科学的リテラシー5項目の指標値の変化:研究開始1年後(棒グラフは左から平成28年度2学期の1年生,2年生,3年生,平成29年度2学期の1年生,2年生,3年生)
E中学校では,中核的理科教員を一人に固定せず,毎年交代する方式を採りました。コア・サイエンス・ティーチャー(CST)の認定者も所属しており,教員間に全校体制で理科教育を推進しようする意識が共有されていることが,こうした協働的な体制を採れることの背景にあると考えられます。それによって,一人の中核的理科教員だけに依存しないで,学校全体で取り組んだむことで,学年間でのばらつきが小さく,上の学年での意識の低下を抑制することにつながったと考えられます。
事例4:D教育委員会所管のB小学校における学校研究型の取り組み
B小学校は,人口15万人程度,小学校20校程度の比較的小さな自治体(D教育委員会)に属し,市の中心部に位置しています。その長い歴史の中で,市や県,国から指定を受けた委嘱研究が数多く実施されています。平成25年度には,文部科学省から研究開発学校の指定を受け,『科学の心で夢を創る児童の育成~新設教科「夢創造科」の開発を通して~』を課題としてカリキュラム開発に全校体制で取り組みました。本研究では,国の研究指定が終わる平成29年度から3年間「埼玉大学教育学部理科教育研究協力校」を同校に委嘱しました。ただし研究代表者は,研究開発学校としての研究において運営指導委員を務めていたことから数年前から理科教育の推進に関わっていたので,教育委員会と協議の上,研究開発学校の成果を継承しつつ,同校研究主任と連携して,引き続き理科教育面での取り組みを支援することとしました。
平成29年度は,研究開発学校の継続指定を受けて,主題『今必要な資質能力の向上を目指す学習指導~「夢創造科」を生かしたプログラミング教育 プログラミング的思考を育てる学習を通して~』で研究を進め,後述するように本研究による「埼玉大学教育学部理科教育研究協力校」の研究を統合する形態で,10月末に理科と算数とプログラミングの授業公開を行い,数多くの参観者に成果を発表しています。
平成30年度は,本研究による委嘱研究の他には指定を受けず,県内の理科教育研究会による授業研究会の開催校を引き受け,その発表会として11月末に理科の授業公開を行い,数多くの参観者に成果を発表しています。
平成31年度も,本研究による委嘱研究の他には指定を受けず,市教育研究会理科部会による授業研究会の開催校を引き受け,その発表会を10月に行い,市内の多くの小中学校から参加者を得て成果を発表した他,「埼玉大学教育学部理科教育研究協力校」としての理科授業研究会を11月に行い,地域内外の小中学校から参加した教員に授業提案しました。また,クロメダカの保護・育成を実現した校内ビオトープの取り組みが「全国学校・園庭ビオトープコンクール2019」において,公益財団法人日本生態系協会賞を受賞するなど,環境保全に寄与する実践を発信しています。
このようにB小学校は,全校体制で様々な研究課題に取り組み,広く地域内外に成果を発信する活動に注力してきた学校であり,かつそのポテンシャルが極めて高い学校として地域で認知されてきました。本研究による「理科教育研究協力校」の委嘱研究も,同校の研究活動に統合され,新たな発展の材料となっています。学校研究型のシステミックリフォームは,その学校の強力な研究発信力と統合されることで,学校が主体となり推進され,大学は支援者として必要に応じて協力する立場で関わりました。
下図に,研究開始時の平成29年2学期と,研究開始約1年後の平成30年2学期の各学年の科学的リテラシー5項目の指標値(SLI)を示します。いずれも全般的に値が高く,平成30年度はさらにどの学年も値が高い状態を実現できています。学校全体で良好な理科教育が推進されていることがわかります。
B小学校における科学的リテラシー5項目の指標値の変化:研究開始1年後(棒グラフは左から平成29年度2学期の4年生,5年生,6年生,平成30年度2学期の4年生,5年生,6年生)
進行中の学校研究に「埼玉大学教育学部理科教育研究協力校」の委嘱研究をいかに統合するかについて,B小学校はそれまで行ってきた「夢創造科」の研究で育んできた「汎用的な能力」をこれからの時代に必要な力と捉え,さらに向上を図る上で,すべての教科がそれぞれの教科の特質を生かして,汎用的な能力の育成に向かうカリキュラム開発を行うこととしました。「汎用的な能力」を,思考力・判断力・表現力等に関して「創造的思考」「論理的思考」「批判的思考」,学びに向かう力・人間性等に関して「協働的態度」「自律的態度」「感性」,計6つの資質・能力として捉え,教科横断的にそれらを育成するとしました。その一環として,本研究による理科教育推進に取り組むことが可能となりました。
B小学校における「汎用的な能力」を教科横断的に育む資質・能力
事例5:E教育委員会所管のD小学校における学校研究型の取り組み
D小学校は,人口15万人程度,小学校20校程度の比較的小さな自治体(教育委員会E)に属し,市の中心に近い閑静な住宅地に位置している学年3学級規模の学校です。
平成28年度に教育委員会と交渉し,平成28年度から3年間,本研究の「理科教育研究協力校」の委嘱を受けて,全校で理科教育研究を推進する牽引役としての中核的理科教員がいる学校として,本校が選ばれました。一般的に小学校では理科教育に関する研究に全校で取り組むことはほとんどないため,当初校内での認知度は低い状態でした。しかし,平成29年度から2年間,教育委員会が同校に主題『理科・生活科における主体的・対話的で深い学びの授業作り』を研究委嘱したことによって,学校研究として位置付けられ,年間を通じて研究が推進されました。中核的理科教員のE教諭は研究主任として研究推進委員会での方針決定に関わりました。年間に7回程度の校内授業研究会と,教育委員会指導主事や埼玉大学研究代表者,その他の外部講師を招いた研修会を実施し,研究推進委員会の下に授業研究部,単元構成部,環境整備部を設けて,各教員が1実践の単元構想を検討し,授業者の指導案検討,模擬授業などを通じて,学校全体での取り組みが推進されました。
平成29・30年度に取り組まれた研究の主たる要素を以下に示します。
・単元終わりに児童が到達している姿をはじめに想定して,それに至るための単元構想を検討するという「逆向き設計による単元構成」を行う。
・児童が学習したことを使って問題解決できる「パフォーマンス課題」を活用する。
・各時間の授業よりも,単元全体の授業のつながりを明示的にした指導案を作成する。
・パフォーマンス課題をうまく用いることで,ストーリー性のある単元構成とする。
・「おもしろ実験コーナー」を設置して,不思議な事象への興味を喚起する。
・掲示を工夫して,日常生活の中の理科的・生活科的な事物・現象を紹介し,気付くきっかけを作る。
・U字型の板書と見開きのノート 理科では板書は基本的にU字型で書き,問題とまとめ,実験観察方法と結果がそれぞれ横並びとなるようにし,板書と同じように見開きでノート記録をさせる。
・対話的なツールとして発表ボードを作製し,A2サイズで黒板に貼れるようにする。
・「樹木板」を作製し,校内の樹木の名前がわかることで植物に親しむことができるようにする。
以上のような工夫を盛り込み,本研究で調査する科学的リテラシー指標値と学校独自の理科アンケートによって,取り組みの前後での児童の変化を把握しました。
なお,D小学校では「パフォーマンス課題」を,「既存の知識や授業を通して新たに獲得した知識,スキルを総合して使いこなすことを求められる課題。日常生活や社会との関連を想定し,児童が主体的・対話的に取り組みやすい課題。」と捉え,以下の流れで設定しています。
①ねらう単元のゴールを絞る。(終了時をイメージする)
②現実的な場面を設定する。
③問題文を作製する。(地域性や必然性を意識し,児童がより意欲的に取り組めるようにする。)
④問題文に向け,ストーリー性のある単元構成にする。
「パフォーマンス課題」を用いた,ストーリー性のある単元構成としたことで,「学んだことが実生活でも生かされるという実感を伴った児童の理解につながった」,「授業者が単元を作成する際,より強く日常生活や社会との関連を意識するようになった」とその成果を分析しています。
E教諭は,単元全体の授業のつながりを明示的にした指導案作成に尽力し,授業研究部の活動を校内でもう一人の理科を専門とする若手のF教諭が推進する体制を採ることで,次に中核的理科教員となる教員の育成にも取り組りました。授業研究部が主導して,校内でそれぞれの学級担任が自身で理科・生活科の研究授業を実践できるように働きかけました。
下図に,研究開始時の平成28年2学期と,研究開始約2年後の平成30年2学期の各学年の科学的リテラシー5項目の指標値(SLI)を示します。Q4でやや低下が見られる他は,全般的に値が維持されており,校内で工夫された理科授業が広く実践されているものと考えられます。
D小学校における科学的リテラシー5項目の指標値の変化(棒グラフは左から平成28年度2学期の4年生,5年生,6年生,平成30年度2学期の4年生,5年生,6年生)
事例6:F教育委員会所管のC小学校における教員主体型の取り組み
C小学校は,人口約2万人,学校数が少なく,教育委員会に理科専門の指導主事が必ずしも配置されない自治体(F教育委員会)に属している学年3学級規模の学校です。
同校には,「SaitamaCST事業」でコア・サイエンス・ティーチャー(CST)として認定されたF教諭が所属しています。小学校では学級担任として理科を指導しているにもかかわらず「理科が苦手です」「実験が怖いです」と話す若手教員が少なくないことから,教員の理科離れに危機意識を感じていました。本来その地域の理科が得意な教員が,そうした苦手意識をもつ教員を助けられればよいが,学校を超えて直接手助けすることは難しいため,学校の理科主任が校内の教員をサポートする取り組みをしたいと考えました。
そこで,平成29年度に大学が小学校Cに「埼玉大学教育学部理科教育研究協力校」を委嘱し,同校の理科主任であるF教諭が中核的理科教員として校内の理科教育の充実改善に取り組むとともに,学校長の許諾を得て地域の教員に働きかけて,地域の理科教育推進に取り組む形態を採りました。
授業研究会を開催する場合は,大学側が主体となり,所管教育委員会と学校長に対して,授業研究会の開催と地域の学校からの職員派遣への協力を依頼することとしました。これにより,地域の他校への開催案内が可能となり,広域からも教員が出張にて参加できることとなりました。
中核的理科教員は,理科主任の立場を活かして,理科の指導や観察実験が必ずしも得意ではない小学校教員の苦手意識が軽減されるように,平成29年度に以下のような取り組みを通じて様々な情報発信や勤務時間中に無理なく理科の知識や技能を補える研修機会を設けました。
①校内教員の意識改革として,年度当初に年間計画を説明して見通せるようにする。
②校内教員向けの理科研修会の実施
木曜日の放課後25分間(勤務時間終了5分前まで)に,理科主任が理科室にいて,自由に質問ができるようにする。
③校内教員向けの発行物
理科通信を毎週金曜日に発行して,質問の回答,授業内容の説明,理科準備室にある物の紹介をする。
④地域の教員向け理科研修会
毎月最終木曜日の夕方に,自由参加で理科授業に関する情報交換の機会を設けた。勤務終了後なのでコーヒーを出して,リラックスした会としました。学校を会場とするために,学校長に許可を得て,駐車場も使用できるようにしました。ポスターを作成し,地域の校長会でも話題にしてもらって理解を醸成しました。その際,働き方改革に配慮し,開催者は「理科主任」ではなく教員個人とし,有志の集まりとして出張扱いにならないようにしました。地域のベテランから指導してもらう会なども企画しました。一度参加した人への連絡は,メールで送信できるようにしました。
F教諭は,平成30年度から他校に異動したため,上記の取り組みは平成29年度のみとなりました。同校での科学的リテラシー指標値を,平成29年度の1学期末と3学期末で比較したものが下図です。Q2については高学年でやや低い傾向が見られますが,その他については,児童の意識が高い1学期の状態を3学期末まで概ね維持できたことがわかります。このことから,校内教員向けの研修会や理科通信などの働きかけを通じて,全校的な理科教育推進活動はある程度可能といえます。しかし,学級別の指標値は,学級によって大きく低い値を示したことから,全教員が働きかけに積極的に応じたわけではなく,学級間に格差が生じることが課題となりました。
C小学校における科学的リテラシー5項目の指標値の変化(棒グラフは左から平成29年度1学期の4年生,5年生,6年生,平成29年度3学期の4年生,5年生,6年生)