資質・能力を育む授業設計
学習目標精緻化法
科学的リテラシーを育成する授業構成観点を上記のように捉えるならば,科学的探究の能力(小学校では理科の問題解決能力)を育成する理科授業とは,科学的探究に必要な知識(科学的知識)を習得させ,それが必要な問題状況で適切に適用できるようになる科学的探究(問題解決)の過程に習熟させることを通じて,児童生徒の科学的能力を高める授業であるといえます。
したがって,授業者はその授業の結果,児童生徒が高めると想定される科学的能力を明確に意識し,それが確実に高まるように指導過程を計画する必要があります。そのための授業設計法として,小倉ら(2015, 2016)は「学習目標精緻化法」を紹介しています。以下,簡単に説明します。
①単元内で扱う科学的探究のまとまり(次)ごとに,「科学的思考・表現」(思考・判断・表現)に関する資質・能力を,「疑問」「予想・仮説」「モデル化」「実験(観察)計画」「条件制御・対照実験」「シミュレーション」「表・グラフ化」「数的処理」「比較・分類」「規則性」「論理的な推論」「結論」「誤差」「評価・改善」「適用・関連づけ」の視点で分析して,学習目標となる資質・能力を抽出します。こられの視点は,小倉(2011)が「科学のプロセス・スキル」と「合理的思考のためのスキル」について米国の中学校科学教科書”Science Explorer”(2002)を参考に「観察する」「推測する」「予測する」「分類する」「モデルを作る」「伝達する」「測定する」「計算する」「データ表を作成する」「グラフを作成する」「疑問を提示する」「仮説を立てる」「実験を計画する」「変数を制御する」「操作的定義を作る」「データを解釈する」「結論を導く」の17の科学のプロセススキルと「比較し対照する」「概念を応用する」「図やグラフ、写真、地図を解釈する」「原因と結果を関連付ける」「一般化する」「判断する」「問題を解決する」の7つの合理的思考(批判的思考)のスキルを抽出し、コンピュータの普及で可能となった「シミュレーション」を加えて整理したものです。それらの知識・技能的な側面は,前項で説明した科学的リテラシーとして身につける科学的知識の「領域横断的な科学に関する知識・理解」に概ね対応しています。
②単元で習得させる「知識」「技能」,及び,意識や認識を進展させたい「自己効力感」「興味・関心」「重要性」「有用性」「職業との関連性」「主体性」「協調性」についても,それぞれ学習目標として設定します。
③科学的探究の過程に沿った各次の授業展開の基本的流れとして,「場づくり(導入)」「疑問」「予想」「方法」「結果」「考察」「結論」「活用」の8段階を設定し,この流れの適切な場面に,上記の学習目標を位置づけます。
④各学習目標に合わせて,各学習目標が生徒に実現されることを促す教員による発問を直前に設定します。また,各学習目標を評価対象として位置づけるが,その目的は指導の改善が主であり,生徒のノートや行動観察などにより事前に設定した学習目標が実現されていることの証拠が確認できればよいものとし,全生徒の学びの評価とは区別します。
以上により,科学的能力の視点で精緻化された学習目標を,科学的探究の過程で実現するための単元設計が可能となります。ここで,授業時間の適切な配当がきわめて重要であり,1単位時間(45分,50分)で科学的探究を区切るのではなく,想定された学習目標を実現することを優先しそれに必要な時間を確保します。そのためには,単元設計の段階で,どの授業でどの学習目標を実現するかを明確に計画に位置付ける必要があります。単元に配当可能な授業時数は変わらないことから,科学的能力の育成に時間をかける内容とそうでない内容とを区別するなど,単元展開中で育成する資質・能力にメリハリをつける必要があります。学期や年間を見通して資質・能力を育む年間指導計画も大切です。さらに,理科だけでなく他教科等でも育成される教科横断的な資質・能力の育成については,教科を超えたカリキュラム・マネジメントを行うことが必要となります。
平成29年度告示中学校学習指導要領によって,全教科で共通して資質・能力の3つの柱「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力,人間性等」を育成することとなり,「学習目標精緻化法」で分析的に捉えた学習目標のタイプもこの3つの柱で整理することができます。また,中学校学習指導要領解説理科編9頁図1「資質・能力を育むために重視する探究の過程のイメージ(中央教育審議会答申の資料を一部修正)」では,探究の過程に沿って理科における資質・能力の例が示されていますが,「学習目標精緻化法」で分析的に捉えた学習目標のタイプをこの探究の過程に関連付けることが可能です。「学びに向かう力,人間性」は別枠とし,単元を構成する各次で探究の過程に沿って育成する資質・能力を明確に表記することができます。下図にその基本的な枠組みと,それに続いて具体例を示します。
探究の過程に沿って資質・能力を育成する単元設計の枠組み
探究の過程に沿って資質・能力を育成する単元設計の例
科学的能力の指導と評価
生徒に学習目標が実現されたかを評価し指導に生かす「指導と評価の一体化」が教授学習の基本ですが,科学的能力は一回の授業で容易に学習できるような目標ではなく,1年あるいは数年かけてさまざまな学習経験を通じて,徐々に習熟度が高まるものと考えられます。教えた直後に「できるようになった」と思われても,時間が経過すると再びできなくなっていたり,授業で学んだ問題状況と少し異なる場面ではできないということは普通に見られることです。したがって,科学的能力の評価は,到達する水準に段階を設けて,長期的な見通しの中で,段階が向上していくような捉え方が適切です。そのような目的に対しては,ルーブリック評価が有効であり,児童生徒の科学的能力の高まりをルーブリックを用いて質的量的に評価することが可能となります。下図は,学習目標精緻化法での利用を想定して開発したルーブリックですが,広く理科授業全般で利用できるものと考えられます。
資質・能力の目標到達度を評価するためのルーブリック