理科教育学研究とは
理科教育に関わる事項で、自然科学の研究以外のすべてが「理科教育学」の研究領域です。
研究テーマの観点例
○教育目標
科学的リテラシー,科学技術人材育成,キャリア(理系進路)教育,理科教育政策等
○教育内容
カリキュラムの内容構成と系統性,教科書分析,教材,歴史的・国際比較的アプローチ等
○教育方法
指導法,子どもの認識形成,学習意欲,授業分析,教材開発,ICT活用等
○教育評価
資質・能力論,観点別評価と評価手法,形成的評価,大規模教育調査,統計分析等
○課外活動・校外連携
科学コミュニケーション,施設利用,科学部,野外学習,校種間・学校間連携等
○教師教育
教員養成・研修,教授学的知識・技能,理科支援,苦手意識の克服,成長できる環境等
小倉研では,上記を参考に学生が主体的にテーマを設定し,卒論,修論,学術論文を完成させるまでの過程を,小倉の指導および研究室メンバーとの相互作用により自身で遂行します。先行研究を基に課題に関する理解を深め,自身の理論を構築後,仮説を設定し,客観的なデータを収集する方法を計画し実施することで,仮説の検証に取り組みます。
科学教育システム学の構築へ向けて
目指しているのは,一人ひとりが質の高い科学教育を受けられる教育システムを発展させることで,社会全体が高度な科学的リテラシーを基盤としたコミュニケーションと,優れた科学技術を生み出す創造性と生産性によって持続的発展可能な基盤を構築することです。
一つの研究,一人の研究者が達成できることは限られていますが,何を目指そうとしているのかの志を共有していれば,多くの研究,多くの研究者によって,遙かに大きな目標の実現が可能となります。
科学教育の事象全体をシステムと捉えることで,それを構成するサブシステムの構造と機能およびサブシステム間の連関を最適化することすべてが研究対象となります。学校教育は一つの主要なサブシステムですが,科学教育はその中のコミュニティ内で閉じているわけではありません。科学技術を創造する専門家のコミュニティ,科学技術を活用して社会生活を営む多様な市民のコミュニティ,コミュニティ間で情報や人をつなぐメディアや機関なども重要な存在です。(詳しくは小倉(2012)『理科の教育』61(723):9-12を参照)
学校教育のサブシステムは,さらに下位レベルのサブシステムで構成されています。(詳しくは小倉(2019)『科学教育研究』43(3):253-265を参照)それぞれに影響している要因を以下に列挙すると,
○地域レベル
地域住民の平均的学歴,平均的収入,自治体の施策,受けられる医療・福祉,利用可能な社会教育施設,自然環境の豊かさ,学習塾の利用しやすさ,進学受験の競争的環境,情報ネットワークの普及など
○学校レベル
施設面,情報機器面,実験設備面,教材面,使用教科書,図書整備,教育課程,安全面,課外活動・部活動(科学部の存在),支援員やボランティアといった人的支援など
○学級レベル
生徒数,学級内の生徒の生活態度や学習姿勢や学力の状況,生徒間の人間関係など
○教員レベル
理科と他教科,学級担任などの生徒に関わる各教員の学習指導力,生徒指導力,学級経営力,教科専門性,人間関係形成力,コミュニケーション力,情報活用力,人間性など
○家庭レベル
教育的環境(保護者の学歴,専門性,所有する書籍,情報機器など),経済的環境(家庭の収入,資産など),社会的環境(保護者の職業,社会性,親戚・知人とのつながりなど)
○生徒レベル
潜在的能力,学習によって習得した資質・能力(知識・理解,思考力・表現力・判断力などの能力,関心・意欲・態度,主体性,自律性,協調性など),通塾,人間性,健康・体力など
○国レベル
学習指導要領(教育の目的,内容,方法,評価),教育予算,指導資料,教員研修,学力調査や各種コンテストの実施など。
このように,多レベルの不特定多数の要因が複雑に影響しながら学校での理科教育は行われています。そこではサブシステムが適切に機能していない,サブシステム間でうまく連関できていないなどの様々な問題が存在しています。その結果として,子ども一人ひとりが受ける理科教育に格差が生じます。この問題を各サブシステムの構造と機能およびサブシステム間の連関を最適化するとともに,学校教育以外のコミュニティとも連携して解決しようとする研究領域を,小倉は「科学教育システム学」と呼び研究の中心テーマにしています。
科学教育システム学の発展によって,理科教育は,子ども一人ひとりが将来科学コミュニケーション社会の形成者となるための基盤を与えるとともに,卒業後も科学コミュニケーションを利用しながら自己の生活を充実でき,社会の持続的発展に貢献できるようにする役割を担うこととなります。(詳しくは小倉(2016)『日本サイエンスコミュニケーション協会誌』5(1):40-45を参照)